立川談志さんが亡くなった。
人間の業を描いた古典落語が大好きだったと解説されていた。
立川談志さんとはお会いした事は無いけれども、
多分とても性格が良く似ているだろう人を何人か知っている。
第一印象すごく怖くて嫌な人なのに
なぜか私はかわいがってもらい、何年も会ってないのに記憶に鮮明だ。
まず、中学校教師にいた。
ほかの先生の3倍ぐらいおっきな声で怒り、嫌みを言い、
女子生徒にはすっごく嫌われていた。
おそらく今どきの教育制度の学校だったら
即クビになっているだろう。
最初に入った会社の本部長もそうだ。
大きな声でガハガハ笑ってセンスをバタバタさせる。
オーバーアクションの割には細かいところの指摘がしつこくて、
みんな(特に若手の営業社員は)逃げ回っていた。
もう一人は、
大勢の人の前に出て講演をするいわゆる先生と呼ばれる人なのに、
直前まで吐きそうなくらい緊張していたりした。裏方の私は
色々確認したかったのに、できず、本当にとっても困った。
遅刻するくせに残業を強要したり。言わなくてもいい憎まれ口を言ったり。
特に新人の女の子には泣かれるくらい嫌われる上司だった。
それでも優しくスマートでソツのない対応の人よりも
無骨だけれど最後まで心配してくれて、もう、問題は解決した後でも
今度そういう目に遭わないようにいつまでもフォローしてくれる。
さすがに10代20代の時は、面倒くさいな〜と思っていたけれど
今頃じんわり、ありがたく思う。
きっと談志さんのファンというのはそういう感情もあるのかな〜
勝手に親近感をもったりして。
勝手気侭な風雲児だから、
心のママに生きていているからと風評にさらされる事も多かったそうで。
でも、談志さんは言っていました。
「ほらね、これを言う事によってどんだけ嫌われているかわかりゃしない」って。
空気は読めているんですよね(笑)気も使ってるし。
嫌われるとわかっていても、自分が言わなければ困る人がいて
逆に批判する人は、痛くも痒くもない立場の人がわーわー言うだけだから
困る人の為に代弁してくれてたんだろうなと。私は思う訳で。
すごく繊細なその人たちは言動を武装して
毎日大見栄を張っているのだと私は思う。
ここでいう見栄というのは、エゴとか自己中とかとはちょっと違う。
私なりの解釈かもしれないけれど
自分を大きく見せて、心の中の弱い自分とか、時には
そう感じる弱い人たちの盾になっているのだ。
見栄っ張りが、だめな人間とか虚勢とかそういう関連の事として
使う事が多いとは思うけれど、人によっては、世の中の一員として
自信をもって関わっていくための方法の一つではないんだろうか。
何でもかんでも子供のように思った事を口にして、笑いたいときに笑って、
気分が悪いから怒って、人の気持ちも考えずに行動していれば
最終的には芯から嫌われて誰にも助けてもらえなくなって、結果
自由ではなくなる気がします。
これは本当の意味での自由奔放ではないと思います。
自由奔放に破天荒に生きるって本当につらいと思う。
神経も使って頭のいいひとじゃないとできる事ではありません。
ホントの芯のところは気遣いながら時には暴れてしまった
自分の後からフォローをしながら、
じっくりと人間関係を作っていく。
じっくり築き上げるから、
じんわりと深く信頼関係ができていき、
嫌いだったのに、一番信頼できる人へとなっていくんだろうな。
今は、なんだか忙しすぎて
癖のある人とか色んなタイプの人と
じっくりとつきあう時間とかないから
すぐに心が折れちゃう人とか多いんじゃないのかな。
談志さんみたいな人、先生とか上司とか
今もあちこちに、いるんだろうか…
無骨で横暴で破天荒と呼ばれた談志さん
あなたの繊細なところや優しいところも愛している
ファンや後輩が大勢、悲しんでいて、
嬉しいやら恥ずかしいやら…で、
うるせぇよ!って言うんでしょうね。
一回、生で高座を見たかったなぁ
とりとめもないお話しになりましたが
この辺で。